ホンダとつかむ夢 -motorsports的blog-
ホンダエンジンで世界制覇を!ホンダバカ男が送る戯言記。
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[8耐]鈴鹿8耐への思い入れ(85年・夏)
2005年 06月 15日 (水) 09:14 | 編集
鈴鹿8耐

私がこのレースを映像で初めて見たのは、85年の8回大会であった。
私はその時大学生で、まさしくバイク一色の生活を送っていた。

たまたま、同じバイクショップに出入りしている同じ大学で別学部の
輩がおり、いつも学外で顔をあわせるだけであったのだが、
ホンダ好きでレース好きという共通項からつきあいが始まった。
(この友人は今、本田技研の関連会社に就職。和光に勤務している。)

その当時私は、WGPでスペンサーに魅了されていた。海の向こうでの出来事
である。8耐の存在はまだ知らなかった。

しかし、その友が貸してくれた1本のビデオは「85年:鈴鹿8耐」の
ビデオであった。

ホンダは無名のライダーだらけであったが、ヤマハは
(キング)ケニー・ロバーツと平忠彦がペアを組むという強力布陣!

ケニーが出るんだってぇ?
GP引退後初の出走・・・
しかも当時は日本GPなど開催されていない時代である。
それだけで私の目は輝いたのは言うまでもありません。

予選ブッちぎりのトップであったケニー・平組がスタートでエンジン
がかからず、最後尾スタート。しかし猛烈なる追い上げで
たった38週でトップに浮上した。

その後は後続を突き放す一方であった。

対するホンダ勢はエース格で当時無名のオージーライダー、
W・ガードナーが孤軍奮闘。しかしもって、ガードナー用にセットされた
RVFのセッティングに苦しむペアライダー徳野のペースがあがらず
追撃態勢を取れない。

最後は切れたように、ライダー交代の指示を拒否して、
連続走行を選んだガードナー
その執念はあと30分でゴールという19時にヤマハの初優勝の夢を
打ち砕く。

何と平が乗るFZRにトラブルが発生し、マシンはストップ。
優勝はガードナー・徳野組に転がり込む。

WGPとは違う「速さ」だけではない、「チームワーク」や「運」をも
巻き込んだそのシナリオのない現実ドラマに魅了されたのは
言うまでもない。

そこから私はガードナーという男に釘付けになった。
友人とはさらに友情と親交が深まった。
そして私にとって8耐は特別なレースになった。

ヤマハの初優勝はあと2年、平の優勝はあと5年待たなくては
ならなかった。

今年も8耐がやってくる。

出走する者もまだ知らない筋書きのないドラマを私たちに披露
するかのように。

私にとって特別なレースが今年もやってくる。


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