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[motoGP]今年もオランダGPがやってくる・・・
2005年 06月 13日 (月) 13:17 | 編集
motoGPも昨日のカタロニアGPで6戦を消化
次戦は2週間後の6月25日(土)決勝、伝統のオランダGPである。

古くから2輪ロードレース世界選手権をご覧になっている方は、
その昔は「ダッチTT」と呼ばれていた事をご存じであろう。

アッセンで毎年夏至の頃に開催されるオランダGPは、1949年に
世界選手権が始まった最初の年から開催されており、以降1度も
開催されなかった事がない伝統のレース。

しかも世界選手権が開催される以前の1925年から「ダッチTT」として
開催されているというのだから、長い歴史を誇るイベントである。

アッセンは現在でも6kmを超えるコース延長を有し、今年もmotoGP
開催サーキットの中でも最長を誇る。

しかし、以前は1週28kmのコースだった記録があり、スプリント
レースと言うよりは、ツーリングレース的要素が強かった。
レースの「TT」もツーリスト・トロフィーの略称であり、この歴史を残す
命名となっている訳である。

過去のレースを振り返ると、非常に雨が多いレースである。
「ダッチウェザー」と言われるアッセンのコースに降る雨は、その年の
世界選手権結果をも左右するターニングポイントとなるレースという
側面を持つ。

雨だけではなく、難しいコースレイアウト故、転倒も多いコースである。
ミック・ドゥーハンやアレックス・クリヴィーレなど、後にチャンピオン
ライダーとなる者達へも容赦なく転倒が襲いかかっており、ここは

前半戦の鬼門でもある。

今年は一体どんなレースになるのであろうか?

私にとって「アッセン」で忘れられないのは・・・
95年に永井康友が散った場所であるという事だ。

当時、WGPが2ストロークマシン全盛の時代にあって、ヤマハの
永井康友はまさしく4ストローク・スペシャリストであり、その彼が
世界に道を求めたのは市販車ベースの
「ワールド・スーパーバイク・シリーズ」であった。

1995年のアッセンは永井にあまりにも冷酷であった。
永井はレース中、先行する他車のまき散らしたオイルに乗り転倒。
不運にも壁に当たったマシンは宙を舞い、彼自身を直撃したのである。

アッセンの前レースは日本の菅生ラウンド。ここで彼は2ヒート共
に表彰台を獲得し、意気揚々とアッセンへと日本を後にした。
しかし彼は生きて日本には戻らなかったのである。

加藤大治郎だけが何故、ここまで多くの人の心から離れないのか・・・
それには理由はたくさんあるであろう。しかし、私は、加藤よりもっと前に
世界を目指して、志半ばで散った多くのライダーを、加藤と同じだけの
気持ちで忘れる事は出来ない。

アッセンでは永井が日本人を後押ししてくれるはず。
がんばれ。日本人ライダーの威信にかけて!

PS:
実はアッセンの歴史を調べだした際に、「何故土曜日決勝なのか?」
これが私の疑問だったのだが、残念ながら私の持ち得る資料では、
この答えは出なかった。


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